日々

まいにち。いや、ときどき。

エドウィン・マルハウス と 異邦人

最近近所に某コーヒーチェーンができたので、通いつめて本を読んでいます。

かなり自分的に最高な2冊を読んだのでその話。

 

1冊目はミルハウザーの「エドウィン・マルハウス」。

10歳くらいの子供が書いている伝記、という設定で、その伝記の主人公というのが隣に住んでいる同い年のエドウィン(11歳没)、というちょっと変わった小説。

とにかく素敵なのが、子供が見ている世界の表現。美しさと同時に、色んなことが未知だから畏怖の対象に満ちている。たとえば、いつも遊んでいるエリアから一本違う道に入ると、まるで知らない別の世界に迷い込むみたいに感じること。月の光とか川面の反射とかおもちゃとか教室の椅子とか窓から見る台風とか。宝石みたいな言い回しがたくさんあって、ほんとに楽しい。でもこの小説は、そんなきらきらした子供の物語ではなくて、けっこうダークというか、子供ならではの残酷さとか、逆にまったく子供らしくない確執とか明晰さとかがたくさんあって、だからぞくぞくする。完全に大人が読むための物語。エドウィンの初恋とかも、狂おしすぎて甘いどころか悪夢だし…。

文章の書き手とエドウィンとの関係も、親友でありリスペクトしあいながらも軽蔑しあっている、という絶妙な感じがいい。まぁとにかく好きだった。

ガルシア・マルケスとか村上春樹とか、現実じゃないことが起こる物語がすごく好きで、比喩表現とかが素晴らしいと、あぁ文学じゃないとできないことだよなぁと、とても気持ちがよくなる。ミルハウザーもそういう美しくて独創的な比喩表現に溢れていて、満ち足りた気持ちになった。

 

2冊目はカミュの「異邦人」。さっき現実じゃないことが起こるものが好きだと書いたけど、もう一つ好きなラインがあって、どこまでもリアルで、人間の心をずぶずぶと炙り出して行く系譜。この小説がこんなに面白いと想像してなかった。なんとなく古典ぽい小難しそうなイメージだった。けど全然古さを感じない(1942年の作品)。

一人称で書かれていて、ざっくりいうと人を殺して、そのあと裁判、死刑確定っていう話なのだけど、作者が本当に人殺しをしたことがあって裁判にかけられたことがあるかのようなリアルな描写がすごい。とにかく全編通して太陽がぎらぎらと照りつけていること、暑さ、がはびこっている。超絶ドライで他人から理解されない主人公だけど、読者は一人称だから彼の考えていること、というか感じていることはわかる。

何年か前、中村文則の「銃」を読んだ時に衝撃を受けたけど、こういう小説はすでにとっくの昔に傑作として世にあったんだ、と当たり前のようなことに気づく。ラストは泣くような展開じゃないのに、圧倒されすぎてうる目で読み終えた。

 

こないだ話した人が、わざわざ本を読んで暗い気持ちになりたくないから、読んで楽しくなるものを読む、と言っていて、なるほどなぁ、確かになぁとなんか納得した。でも私はこの2冊みたいに、読んで自分をじわーっと満たしてくれる、文学でしか担えない領域を穴を埋めてくみたいに覆ってくれる、そんな物語が好きだ。好きだー!