日々

まいにち。いや、ときどき。

「杳子」

恋愛映画を2本も見てしまって、

悲惨な戦争ものとかよりよっぽど憂鬱になると思った、今日。

 

古井由吉さんの作品を初めて読みました。「杳子」。

由吉さんの書く日本語はとても美しい。そして、描写が完全に独自で、特殊で、かつ偏執的といっていいぐらい、ねばっこく、容赦がない。例えばこの作品の冒頭は、男女が谷底で出会う、ただそれだけのシーンなのだけれど、かなり頁を割いて、沢の音や、岩のイメージの描写を延々とやる。またその音やイメージが、かなり変わっているんですね。遠近感がぐらぐらと揺らいで、歪んで。こっちまで幻覚を見ているような、居心地の悪さまで催してくる。あぁこの作家さんは尋常じゃないぞ、と、思った。それは杳子という奇妙な精神のフィルターを通して感じられる世界を書いている訳だからなのだけど、じゃあ由吉先生はそのフィルターをどこでゲットしたんだろう?っていう。想像力だけであそこまで書くのだとしたら、それこそ天才と狂人の紙一重だ。

三人称で書くって、すごいよね。それぞれの感覚を、一人で把握して表現するなんて、神視点だもんね。そういう物語の構造や、作家のすごさを改めて感じた。

そして、日本語って美しいなぁと、とても久しぶりに思いました。そういえば最近海外の作品の方が読んでいたかもしれない。由吉さんの静かな、使い回しじゃない言葉の選び方、その角度にとても引き込まれた。

他作品も読みたいです。

 

印象的だった一文を引用しておわり。これは冒頭の谷底で、杳子が途方に暮れている場面。

 

「谷底のところどころに、山の重みがそこで釣合いを取る場所があって、そんな一点に自分は何も知らずに腰をおろしてしまった。」

 

こんな風に世界を捉えたことある?わたしはなかった。だから物語ってすごいんだ。