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日々

まいにち。いや、ときどき。

トーキョー

こっちにいると欲しい洋服屋さんがなくて、全然服を買っていなかった。

季節が変われば仕事に必要な服を買うだけ。だから飢えた。わたしは飢えた!

きらきらしたお洋服に囲まれて、この手でさわって、試着して、あぁだこうだと悩みたい!!!!!!

仕事用とかじゃなく、ただ着たいと思うかわいい服が買いたい!!!!!!!

 

というわけで、今日は行ってきた。おひさしぶりの東京。一日表参道近辺をうろうろ。

その店ごとに、欲しいと思ったら買う!をモットーに。とりあえずキープして次の店‥とかやってると結局優柔不断になってなにも買えなくなる。これいつものパターンなので。。

だから今日はがっつり買い物したよ!これが買い物ってやつだよ!すっきりした!うれしい。

で夜にね、あぁ予算内で買いたいものもほぼ買えたし満足!さぁ帰ろう!って駅に向かって歩いていたら、すぅーっと靴屋さんに吸い込まれてしまって。そこで今日イチの散財をするっていう、サプライズが待っていた。

わたしはショセっていうブランドの革靴をそれはそれは愛用してまして、もう何年も修理しては履き続けているわけなのですが。革靴ってちゃんとお手入れが必要だし、それは全然好きだからかまわないんだけど、困るのが雨。革は水が大敵なので、天気予報でその日崩れそうだと思ったら、もう他に履ける靴がなくなっちゃう。あるのはいつも仕事で履きふるしてるスニーカーだけ。あとは長靴か。だから、そこまで天気に神経質にならなくてもよくて、デザイン性もあって、ちゃんといいもの、また何年も履き続けられるものがほしいなと思っていたのでした。ショセの靴よりは安めではあるものの、いいお値段でした、、でも結局買った!

とてもいい買い物をしたと思う!いいものを買って何年も使う。物持ちがいいっていうのは素敵なことだとわたしは思います。

それにね、その靴屋さんではじめは2足迷ったの。ぺたんこの茶色の紐靴と、黒のヒール(ヒールっていってもすごくカジュアルなんだけど)。茶色の方はすごく自分にしっくり来ていた。でもいかにも自分らしすぎて、ちょっと新たな境地に行ってみたくなったの!笑 だから黒を選びました。ふふふふ。なんか少し変われた気分。

 

行きたかったカフェ2つも行けた。どちらも初めて行ったのだけど、特に夕方に行ったカフェは一気にお気に入りに昇格した。また絶対行くー。

 

東京はやっぱり落ち着く。今日は日曜日で人が多かったけど、関係なく落ち着く。なんだろうなぁ、この感覚は。

 

隙間をぬって

人間嫌いは加速していて、好きな人から誘ってもらわない限り外には出ていっていない。

出きる限りフィクションの中に埋没していたい。じゃないと隙間ができてしまうから。

 

今日はその隙間をぬって侵入されてしまった。我にかえってしまった。いろんなものを失ったことや、それは自分のせいだったことについて考えた。鮮やかに思える記憶を、そんなことしたって意味ないのに、引っ張り出して並べた。壊してしまったのは、壊れてしまった自分だった。自分がもっとタフな人間だったら、今でも生ぬるい幸福の中にいられたんだろうか。壊れたくて壊れたんじゃなかった。でも周りからしたら、勝手に壊れられて迷惑しただけなんだろう。

 

窓の外

夕方5時ごろかな、ふと窓の外を見たら、空がとてもきれいだった。

夜のはじまりの青と少しのオレンジで、どちらも彩度の低い。どこまでも透明な。澄みわたりすぎて、こっちの心まですかすかのからっぽになりそうな。鮮やかな空とか雲もいいけど、やっぱりこういう繊細な雰囲気の方が惹かれるなー。月もかぎりなく細ーい三日月が一番好きだし。

風邪

ここ一週間くらい風邪をひいてた。今はようやく治りかけで、でもまだマスクとティッシュが手放せない。毎日ほとんどベッドにこもり、眠ろうとするけど鼻がつまったりでうなされて起きる、その繰り返しだった。味覚も嗅覚もない。風邪の匂いだけ。風邪の匂いは子どもみたいで心もとない。

 

誕生日には熱が出た。寒気とともに29歳になった。別に熱が出てしまったこと自体は、残念ではない。熱が出ると、ある領域はぼんやりして、ある領域はとぎすまされる感じがするから。不思議な感覚で、なんかちょっとスペシャル感があって楽しかったりして。

あ、でもせっかくのケーキやお肉の味がわからなかったのはちょっと残念だったかも。それもそれかな。どうかな。

記憶の片隅

ようやく秋の気配がし始めて、自転車を乗るときに虫を警戒しないでよくなった。(いや、油断してはいけないけど…!)歌いながら、ふんふんこぐ。

仕事が夜終わる日には、外に出ると秋の虫の(こわくない)きれいな声がして、湿っぽくて、新しい季節の夜の匂いがする。とてもうれしい。いっつも3回くらい鼻から思いきり吸い込んでる。で、ちょっとわらってる。

 

たまに思うのは、自分が山ほど作った音楽の歌詞を、断片でいいから、時おり誰かが思い出してはくれないだろうか、ということ。自分が絶体絶命で、あるいは諦めの中で置き換えた言葉が、なにかふとしたきっかけで甦って、そのときのその人がはたと、なにか思い当たることがあればいいと。そうか、こんなことをこれを書いたあいつは考えていたのかと、そんな風な心のつながりを持つなんてことはできないのかな。

なんて、妄想。たまに願ったりする。

 


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カタルシスのプロ

近年の過剰な涙もろさもプロの域に達しつつありまして、今では登場人物とほぼ同じタイミングで泣けるまでに成長しました。

例えば映画のシーンで人物の目に涙がたまり始めたら。小説で主人公がぞくっとしたら。先の展開を察して一緒に。レッツすたーと

物語からこんなにカタルシスをもらって、一体どこまで解放されたいんだ、わたしは。

 


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